社長インタビュー
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大手メーカーに信頼される技術者集団
淵本重工業株式会社
代表取締役 淵本 敏彦 氏
1952年、創業者の長男として生まれる。大手工作機械メーカーで4年間勤務後、淵本重工業入社。入社数年で父が会長に退き、2代目社長に就任する。座右の銘は「利他の精神」。
【事業内容】
トラクターなどの農業機械をはじめ、鉄道車両、産業機械等に用いられる金属部品の製造を行う淵本重工業株式会社。自然豊かな赤磐市にある本社工場のほか、岡山工場(岡山市)、上海工場(中国)に製造拠点を持つ。
「『製品こそが看板である』と思っているんです。県内での知名度は高くないかもしれませんが、大手メーカーとも取引がありますし、メーカーとはすべて直接取引で安定的な受注があります。1949年の創業以来、一度も赤字は出していません。」
「当社の製品は、すべて小ロット・オーダーメイドで、お客さまのニーズに応える部品を1点ずつ、絶対の品質・精度を保証して納めてきました。お客さまには『淵本になら、図面を渡すだけで安心して任せられる』と言っていただいています。」
「終戦後に、満州から引きあげてきた父が会社を創業したころは、鉄道や農業機械の仕事もしていました。けれど周りには同業者も多かったと聞いています。そこで都心の鉄工所が持て余していた、手間のかかる難しい部品の依頼に応えるようになったんです。」
「遠方の下請けは、物流コストもかかるので不利ですよ。けれど『難しい部品だけど引き受けてくれるなら』というメーカーからの仕事に応えているうちに、こちらの技術力が上がっていったんです。さらに不具合があってもすぐに現地に行けないからこそ、『絶対に間違いのないものを届けよう』という社員の意識が品質にも反映されて、お客さまからの信頼につながっていきました。」
「実質的な決定権はまだ父が持っていたので、最初はなんでも口を出されて正直おもしろくなかったですね。けれどお客さまのところに通って信頼関係ができてくると、いろいろなことを話してもらえるようになって。お客さまの最新の事業方針をいち早くつかめるようになると、ニーズに素早く対応できるんですよね。そのあたりから、会社を任せてもらえるようになりました。」
「そうですね。ISO9000はメーカーが一斉に取ったときに、うちもすぐに取りました。同業の中小企業のなかでは早かったと思います。」
「東日本大震災のあと、同業者が大変な思いをしている様子を見て、BCP(非常時の事業継続計画)の必要性を痛感したんです。まだ全国でも数十社しか取得していませんが、晴れの国といわれた岡山でも大きな災害が起こる時代ですから。」
「やはり”人”ですよね。会社と従業員の信頼関係や絆が、よりよい製品づくりに表れてくることは間違いないと思っています。」
「会社が今日まで誠実な商売を続けてこられたのは、支えてくれた社員のおかげです。だから会社も彼らの家族を支えていくという決意表明の意味を込めて、給料日には感謝の気持ちを伝えたいと思っています。」
「今後はより高度なニーズに応えるため、アッセンブリ(複合部品)の技術を磨き、ゆくゆくは自社製品の開発にも取り組みたいと考えています。これまでの事業では高い品質を維持しながら、新たな事業領域へも前向きに進出していきたいですね。」
トラクターなどの農業機械をはじめ、鉄道車両、産業機械等に用いられる金属部品の製造を行う淵本重工業株式会社。自然豊かな赤磐市にある本社工場のほか、岡山工場(岡山市)、上海工場(中国)に製造拠点を持つ。
工場には大きな看板は出されていないのですね。
「『製品こそが看板である』と思っているんです。県内での知名度は高くないかもしれませんが、大手メーカーとも取引がありますし、メーカーとはすべて直接取引で安定的な受注があります。1949年の創業以来、一度も赤字は出していません。」
御社が現在、安定した経営ができているのはなぜですか?
「当社の製品は、すべて小ロット・オーダーメイドで、お客さまのニーズに応える部品を1点ずつ、絶対の品質・精度を保証して納めてきました。お客さまには『淵本になら、図面を渡すだけで安心して任せられる』と言っていただいています。」
創業のころから、小ロット・オーダーメイドでやって来られたのですか?
「終戦後に、満州から引きあげてきた父が会社を創業したころは、鉄道や農業機械の仕事もしていました。けれど周りには同業者も多かったと聞いています。そこで都心の鉄工所が持て余していた、手間のかかる難しい部品の依頼に応えるようになったんです。」
遠方かつ難しい部品の製造となると、人件費や輸送費などのコストが高くなりませんか?
「遠方の下請けは、物流コストもかかるので不利ですよ。けれど『難しい部品だけど引き受けてくれるなら』というメーカーからの仕事に応えているうちに、こちらの技術力が上がっていったんです。さらに不具合があってもすぐに現地に行けないからこそ、『絶対に間違いのないものを届けよう』という社員の意識が品質にも反映されて、お客さまからの信頼につながっていきました。」
社長就任は32歳のころだったと伺いました。若いことで、苦労されたことはありましたか?
「実質的な決定権はまだ父が持っていたので、最初はなんでも口を出されて正直おもしろくなかったですね。けれどお客さまのところに通って信頼関係ができてくると、いろいろなことを話してもらえるようになって。お客さまの最新の事業方針をいち早くつかめるようになると、ニーズに素早く対応できるんですよね。そのあたりから、会社を任せてもらえるようになりました。」
情報を先取りし、備えておくという経営姿勢はそのころ養われたものですか?
「そうですね。ISO9000はメーカーが一斉に取ったときに、うちもすぐに取りました。同業の中小企業のなかでは早かったと思います。」
国際認証である、ISO223011も取得されていますね。
「東日本大震災のあと、同業者が大変な思いをしている様子を見て、BCP(非常時の事業継続計画)の必要性を痛感したんです。まだ全国でも数十社しか取得していませんが、晴れの国といわれた岡山でも大きな災害が起こる時代ですから。」
高い品質はどのように維持されているのですか?
「やはり”人”ですよね。会社と従業員の信頼関係や絆が、よりよい製品づくりに表れてくることは間違いないと思っています。」
お給料は今でも手渡しだと伺いました。何かこだわりがあるのですか?
「会社が今日まで誠実な商売を続けてこられたのは、支えてくれた社員のおかげです。だから会社も彼らの家族を支えていくという決意表明の意味を込めて、給料日には感謝の気持ちを伝えたいと思っています。」
これからも難しいことにチャレンジされるのですか?
「今後はより高度なニーズに応えるため、アッセンブリ(複合部品)の技術を磨き、ゆくゆくは自社製品の開発にも取り組みたいと考えています。これまでの事業では高い品質を維持しながら、新たな事業領域へも前向きに進出していきたいですね。」
淵本代表、ありがとうございました。御社のさらなるご発展を、心からお祈り申し上げております!
(インタビュー 2018/5/23 Goen編集部)
会社概要
- 会社名
- 淵本重工業株式会社
- 設立年月
- 1963年11月
- 代表取締役
- 淵本 敏彦
- 社員数(役員含む)
- 225名 2018/7/18 現在
- 平均年齢
- 38歳2018/7/18 現在
- 事業内容
- 一般産業機械・農業機械の設計・製造・組立
- 本社所在地
- 岡山県赤磐市坂辺1566
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